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京都地方裁判所 昭和61年(ワ)2774号 判決

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は原告に対し、金二四七四万一六〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 被告は原告から金六〇四五万八四〇〇円の支払を受けるのと引き換えに、原告に対し、別紙物件目録記載二の土地について、昭和五八年一二月二六日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2 被告は原告に対し、金八六三万八三八〇円及びこれに対する昭和六一年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

(予備的)

1 被告は原告に対し、金三八六八万一八二五円及びこれに対する昭和六一年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年一二月二六日、被告との間で、原告所有の別紙物件目録記載一の土地(以下「本件一の土地」という。)を公共下水道事業用地に提供するため、金九八〇五万八〇〇〇円で被告に売り渡す旨の売買契約を締結し、同日、右土地につき被告への所有権移転登記を了した。

2  原告は、右同日、被告との間で、本件一の土地の代替地として、訴外森由二(以下「訴外森」という。)所有の別紙物件目録記載二の土地(以下「本件二の土地」という。)を、本件一の土地の売渡し後、二年以内の昭和六〇年一二月二五日までに、更地としたうえ代金六〇四五万八四〇〇円で原告に売り渡す旨の売買契約(以下「本件二の土地売買契約」という。)を締結した。

なお、本件二の土地の原告への売渡し期日を、本件一の土地の売渡後二年以内としたのは、原告において、本件一の土地の売却に伴う不動産譲渡所得税にかかる免税措置及び地方税法上の優遇措置を受けることができるからであり、このことは、原、被告間で当然の前提として認識されていた。

3  ところが、被告は、昭和六〇年一二月二六日が経過するも本件二の土地を原告へ売り渡さず、原告は、昭和六〇年一二月二七日被告に到達した書面により、同日から三週間以内に本件二の土地売買契約に基づく原告への本件二の土地の売渡し義務を履行するよう催告したが、被告は、右期間内に右土地の売渡しを履行せず、一旦、履行不能の状態となった。

4  その後、被告は、昭和六三年七月八日、本件二の土地につき同年六月二二日買収を原因として所有権移転登記を了し、その結果、同土地の原告への売渡しが可能となった。

5  原告は、被告が本件二の土地売買契約に基づく債務の履行をしなかったことによって、つぎのとおり損害を被った。

イ 税務上の損害

原告は、被告が本件二の土地売買契約に基づく二年以内の土地売渡し義務を履行しなかったため、前記税務上の優遇措置を受けることができず、その結果、右優遇措置を受けられていれば、不動産譲渡所得税として金七一四万三八〇〇円、府民税として金七一万四三八〇円、市民税として金一四二万八七六〇円の合計金九二八万六九四〇円の税金の納付で済んでいたのに、本件一の土地の売却に伴い、不動産譲渡所得税として金一三七八万八七〇〇円、府民税として金一三七万八八七〇円、市民税として金二七五万七七五〇円の合計金一七九二万五三二〇円の税金を納付しなければならなかった。

したがって、右納税金額の差額である金八六三万八三八〇円は、被告の右債務不履行に基づく損害である。

ロ 得べかりし利益の損害

仮に、被告による本件二の土地の原告への売渡し義務が履行不能であるならば、原告は、売渡し履行期日後の右土地の時価評価の最高価額と、前記約定の売買代金との差額を得べかりし利益の損害として被った。

そして、平成元年九月一日現在の本件二の土地の時価評価額は、金一億九九〇〇万円であり、したがって、原告は右評価額と前記売買代金六〇四五万八四〇〇円との差額金一億三八五四万一六〇〇円の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、主位的には、本件二の土地売買契約に基づき、約定の売買代金六〇四五万八四〇〇円の支払と引き換えに本件二の土地の昭和五八年一二月二六日売買を原因とする所有権移転登記と、右売買契約の債務不履行に基づき、前記5イの損害金八六三万八三八〇円とこれに対する履行期後の昭和六一年一月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的には、本件二の土地の売渡し義務の債務不履行(履行不能)に基づく損害賠償として、前記5イ、ロの損害金の合計金一億四七一七万九九八〇円の内金である金三八六八万一八二五円とこれに対する履行期後の昭和六一年一月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否ないし反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実については、原告主張の日に、原告と被告市の下水道局長との間で、訴外森所有の本件二の土地を、原告主張の期限までに、更地としたうえ原告主張の金額で原告に売り渡すことを確認する旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わしたことは認めるが、その余の事実は争う。

本件覚書は、未だ土地売買契約としての合意までには至っておらず、その準備段階における契約に過ぎない。

すなわち、被告は、原告から本件一の土地を買収するにあたり、原告に便宜を供与するため、本件二の土地を訴外森から買い取り、これを原告に売り渡すこととして本件覚書を交わしたものであるが、本件二の土地の被告から原告への売買の時期は、主として原告の利益を考慮して、二年後としたものであり、本件覚書の作成は、正式の土地売買契約を締結する前段階の準備行為であった。

そのため、本件覚書は、つぎのとおり、正式の売買契約としては不十分なものである。

イ まず、標題からして売買契約書とはなっておらず、その記載内容においても、手付金、代金支払及び所有権移転登記の日時、方法、引渡時期、違約条項など不動産売買の契約書に一般に記載される事項が欠けており、印紙も貼られていない。

ロ つぎに、被告側の作成者が下水道局長名となっており、被告市の下水道事業管理者名となっていない。

この点、地方自治法二三四条五項は、地方公共団体の長またはその委任を受けた者が契約書に記名、押印しなければ当該契約は確定しない旨規定されており、この趣旨は、地方公営企業にも類推適用されるべきである。

したがって、被告は、訴外森から本件第二の土地を取得したうえで、前記欠落事項を原告と詰めて、最終的合意を下水道事業管理者名で、標題も売買契約書として作成する予定であった。(なお、正式の土地売買契約である本件一の土地の売買契約書(甲第一号証)では、被告市の上下水道事業管理者が作成者となり、印紙が貼付されている。)

また、本件覚書作成段階では、被告は訴外森との間で本件二の土地の売買契約を締結できておらず、このことを原告も知っていた。

被告は、本件覚書作成後に訴外森から本件二の土地を買い取り、原告との間で同土地の正式の売買契約を締結する予定であったが、訴外森の翻意のため、同土地の取得に至らず、結局、右土地売買契約の締結ができなかったものである。

なお、本件覚書において、本件二の土地の原告への売渡し期日を、本件一の土地の売り渡し後二年以内としたのは、被告において、本件二の土地の買い取りに日時を要することもあったが、その主な理由は、原告において本件一の土地の売却代金を直に本件二の土地の買入代金に支出することなく、租税特別措置法による代替地取得期間である二年間預金するなどして利益を得ることが企図されていたからである。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実については、被告が原告主張の日時に本件二の土地を取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告市が昭和六三年六月に本件二の土地を取得したのは、地方公営企業である交通事業の用(高速鉄道東西線醍醐地下駅の出入口用地)に供するため、訴外森から第三者に売却されていた右土地を買収したものであり、地方自治法に規定する予定公物としての処分禁止の原則や、独立採算、受益者負担の原則に基づく地方公共団体の予算執行上の制約からも、右土地を別の事業目的である下水道事業の用に供することはできない。

また、今回の右土地取得は、被告市の交通事業の管理者である交通局長が買収し、その処分権限は同局長に属するものであり、上下水道事業管理者には右土地の処分権限はない。

したがって、被告市が本件二の土地を今回取得したことによって、原告への右土地の売渡しが可能となったとはいえない。

5  請求原因5の事実は争う。

公共用地として売却した土地代金に対する課税は、代替地を取得した場合は、売却代金のうち代替地の取得代金を超える部分についてのみ課税され、代替地を取得しない場合は、売却代金から金三〇〇〇万円を控除した残金に対して課税される扱いとなっている。

原告は、租税特別措置法によって、本件一の土地の売却代金中、金三〇〇〇万円を控除した額に対してのみ課税されるという優遇措置を受けており、これを超える部分について課税を受けたとしても、税法上の当然の適用を受けたもので、損害とはいえない。

また、本件覚書で取り決めた本件二の土地の売買価格金六〇四五万八四〇〇円は、原告が主観的に算定して固執した額を、被告において押し切られて受け入れたものであって、合理的根拠を欠き、右不当に低額な売買代金を基礎に原告の損害を算定するのは不都合である。

仮に、本件覚書に基づく被告の債務不履行により、原告が損害を被ったとしても、前述のとおり、本件覚書は正式の売買契約ではないから、契約締結上の過失に該当するので、損害賠償の範囲は、信頼利益の限度に止まるものである。

仮に、履行利益の賠償義務まで負うとしても、履行不能時を基準とすべきであり、その後に異常に高騰し、履行不能時に予見不可能であった現在地価を基準とすべきではない。

さらに、本件覚書の売買価格金六〇四五万八四〇〇円が不当に低額なものであることに鑑みると、原告の損害を、本件二の土地の履行不能時の時価から右売買価格を差し引いた額とするのは妥当でなく、せいぜい、右売買価格に履行不能時まで年三パーセント程度の地価上昇率を乗じた額とするのが相当である。

三  被告の反論に対する原告の再反論

1  本件覚書の効力について

原告は、被告からの本件一の土地の買収に応じるにつき、将来、司法書士事務所と塾を経営するための土地を代替地として取得したいという意思を明確にし、被告側も原告の右意思を十分承知したうえで本件二の土地の提供を内容とする本件覚書を作成したものである。

したがって、本件一の土地の買収を取り決めた契約書(甲第一号証)と本件二の土地の提供を約束した本件覚書(甲第二号証)とは、一体のものであって、その効力は同一に論じられるべきである。

また、本件覚書は、被告が原告に提供する代替地の特定や売買代金、引渡時期が明示され、その記載内容からして売買契約以外のなにものでもなく、これをもって、契約締結の準備段階のものであるとする被告の主張は不当である。

さらに、被告は、本件覚書の被告側の作成者である下水道局長が地方自治法上の権限を有する者ではない旨の主張をするが、右地方自治法上の規定は、本来会計法上の不正防止のための規定で、これに反しても行政内部の責任が生じるだけで、対外的には有効である。しかも、本件は、地方公営企業の契約であって、地方公営企業法には右地方自治法上の規定はなく、一般民法の原則によるべきである。

2  本件覚書に基づく土地提供の履行可能について

契約上の履行不能に当たるか否かの判断は、口頭弁論終結時を基準になされるべきであり、被告京都市において、現在本件二の土地を取得し、本件覚書に基づく本来的給付が可能となった以上、被告は、原告に対し債務の本旨にしたがった履行をなすべき義務を負うものである。

被告は、下水道事業管理者には交通局長が管理する右土地の処分権限がないと主張するが、被告市が右土地を取得している以上、内部調整を図って、原告へ右土地を提供することは可能であり、まして、右土地の隣地の本件三の土地を被告において取得しているから、適切な調整が可能である。

また、被告は、本件二の土地は予定公物であるから原告への売却は不能であると主張するが、本来右土地は原告に提供すべき義務のあった土地であり、被告市の内部で公用財産の指定解除も可能であり、交通局長の事後的決定をもって原告への提供を拒むのは法的安定性に反し、恣意的である。

また、被告が地方公営企業の受益者負担、独立採算性の原則を理由に右土地の原告への提供が不能とするのも、本来内部規律に過ぎない右原則を部外者に主張するもので、不当である。

3  税務上の損害の発生について

本件覚書において、本件二の土地の売渡し時期を二年以内と合意したのは、原告が税法上の優遇措置を受けることができるのを前提としたもので、被告もこれを認識して右時期を定めたものである。

そうすると、被告の債務不履行によって、原告は右税法上の優遇措置を受けられなかったものであるから、現実の納税額と右優遇措置を受けた場合の税額との差額は、民法四一六条二項の「特別の損害」に該当し、被告の債務不履行と相当因果関係にたつ損害というべきである。

4  履行不能による填補賠償について

履行不能による填補賠償の損害算定の基準時は、原則として履行不能時であるが、目的物の価格の高騰という特別事情を売主側で知り、または知り得たときは、現在の価格を基礎に損害賠償できる。

本件二の土地は、外環状線沿いに位置し、一般的土地価格の上昇傾向と右土地の地域的特性からして、近年の地価の急速な上昇を被告において十分認識し得たものというべきであり、被告は、右土地の現在価格と本件覚書による売買価格との差額を原告に賠償すべきである。

四  抗弁

1  債務の履行

被告は、本件覚書により、原告に対し本件二の土地を訴外森から買い取って原告に売り渡すことを約束したが、その当時は、右土地の取得が確実である目処があったものであり、昭和五九年二月ころ、同訴外人の翻意に合ったが、その後も被告は繰り返して右土地の買収に努力しており、本件覚書の履行のため最大の努力をした。

さらに、被告は、本件二の土地の取得が不能となった後も本件覚書の趣旨に則った履行をなすべく、右土地に代わるべき土地を物色し、昭和六〇年九月ころ、代替地の代替地として本件三の土地を取得して、原告に売り渡す準備をしたが、原告が不当に低額な買い取り代金を提示して譲らなかったため、右土地の原告への売渡しができなかった。

そうすると、本件覚書に基づく被告の債務履行義務は、十分尽くされたものというべきであり、被告には責に帰すべき事由がない。

2  過失相殺

原告は、本件覚書作成当時、被告が本件二の土地を訴外森から取得していないことを知っていたもので、第三者からの土地買収が絶対的保証を欠くことの危険を承知していたものであるから、右覚書に基づく債務の不履行について過失相殺がなされて然るべきである。

また、原告は、前述のとおり、被告の用意した本件三の土地の買い取りを不当な売買代金に固執して拒絶したものであり、さらに、他の土地を取得することにより原告主張の税務上の優遇措置を受けられたのに、その努力をしなかったものであるから、原告主張の損害については、五割程度の過失相殺がなされるべきである。

五  抗弁に対する認否ないし反論

1  抗弁1の債務履行の事実は争う。

被告は、本件覚書の作成時には、原告に対し、本件二の土地の取得は確実である旨の説明をしておきながら、右土地の所有者であった訴外森と具体的な買取の交渉をせず、漫然と時を過ごしたため、同訴外人が右土地売却の意思を翻してしまい、結局、右土地購入ができなくなったものである。

訴外森が右土地を売却しない確定的な意思をもっていなかったこと、すなわち、被告が適切な措置を講じていれば右土地の取得が可能であったことは、その後、同訴外人が不動産業者である訴外株式会社三協に右土地を売却し、被告市が右会社からこれを購入している事情からも明らかである。

2  抗弁2の過失相殺の主張は争う。

本件は、もともと被告市の公共下水道事業用地の確保に端を発し、原告所有地が好適地であるとして被告が買収を申し入れてきたので、原告は、公共事業のことであり、代替地の確保ができることを条件に土地買収に応じたものである。

ところが、被告は原告の代替地確保の条件を十分認識し、土地買収時には、代替地の確保が確実である旨述べて、原告をその旨信じさせておきながら、その努力を怠ったもので、そのうえに、原告の過失を主張するのは、自ら行政の信頼性を失わせるもので欺瞞的とさえいえる。

原告には、本件土地買収及び代替地取得に関して何らの落度はなく、被告の過失相殺の主張は失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  本件覚書の作成とその後の経過について

請求原因1の事実、同2の事実のうち本件覚書が作成された事実、同3の事実、同4の事実のうち被告が本件二の土地を取得した事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に加えて、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、つぎの事実が認められる。

1  原告は、昭和五七年末ころ、被告京都市から、原告所有の本件一の土地を公共下水道事業池田ポンプ場用地として買収したい旨の打診を受け、その後、原、被告間で右土地の売買につき交渉が進められたこと。

2  原告は、当時、京都地方法務局宇治出張所に勤務していた者であるが、退職後に司法書士事務所と学習塾を開業する希望を有し、被告に対し、その用地として、京都市伏見区醍醐大構町付近の外環状線に面した八〇坪程度の土地という条件を付けた代替地の提供を求め、かかる土地が確保できるならば、本件一の土地の買収に応じてもよい意向を示したこと。

3  そこで、被告は、原告の示した面積、立地条件に合った土地を探し、最終的には、昭和五八年一二月ころ、地元の不動産業者の訴外紅屋の紹介による本件二の土地を右代替地とすることで原告の了解を得たこと。

なお、本件二の土地は、当時、訴外森の所有地で、訴外紅屋からの情報では、訴外森が夫婦間の離婚に伴う財産分与の必要などの事情から売却の意思を持っているということで、被告としては、訴外森との交渉により右土地の確保が可能であると判断していたこと。

4  一方、本件一の土地の買収代金については、当初、被告の側では、一平方メートル当たり一〇万円弱の提案をしたが、原告との交渉の結果、一平方メートル当たり金一一万〇八〇〇円(買収価格は、右土地の公簿面積八八五平方メートルを乗じた金九八〇五万八〇〇〇円)で合意に達し、代替地として選定した本件二の土地の売買代金については、原告が右買収土地の単価の二倍以内とすることに強く固執したため、被告は止むなく一平方メートル当たり金二一万六〇〇〇円(売買代金は、本件二の土地の公簿面積二七九・九〇平方メートルを乗じた金六〇四五万八四〇〇円)とすることを了承したこと。

5  なお、本件一の土地は外環状線から約一〇〇メートル西側の低地であり、一方、本件二の土地は外環状線に面し、周囲が住宅、商業地区となっていることから、本件二の土地の売買代金の単価を本件一の土地の二倍以内とすることは必ずしも合理性を欠き、被告としては、訴外紅屋からの情報で本件二の土地の時価を一平方メートル当たり約金二七万二〇〇〇円(売買代金にして約金七五〇〇万円程度)と見込んでいたが、既設の被告市のポンプ場に本件一の土地が隣接していた関係上、是が非にも右土地を買収する必要があった事情から原告の要求を了承せざるを得なかったこと。

6  さらに、原告は、被告に対し、右代替地としての本件二の土地の購入については、本件一の土地の買収金に課税される税金の優遇措置を受ける関係上、本件一の土地の買収時からその限度期間の二年以内とする要求を出し、この点も、被告は、それによって原告が右税務上の優遇措置を受け、かつ、その間の前記金九八〇〇万円余の買収金の銀行利子の利益を得る便宜があることを理解したうえ了承したこと。

7  しかして、昭和五八年一二月二六日、原告方において、原告が被告に対し被告市の公共下水道事業池田ポンプ場用地として本件一の土地を金九八〇五万八〇〇〇円で売り渡す旨の売買契約書(〈証拠〉)が作成され、さらに、同日、同所において、被告が原告に対し、原告から収用した本件一の土地の代替地として、本件二の土地を、本件一の土地の引渡しの日から二年以内に更地として金六〇四五万八四〇〇円で売り渡す旨の本件覚書(〈証拠〉)が作成されたこと。

なお、本件一の土地の売買契約書は、被告市の公共下水道事業の管理者である京都市上下水道事業管理者中田淳の名義で作成され、被告側の保管する契約書(〈証拠〉)には印紙が貼られているが、本件覚書については、被告において、本件二の土地の取得後、改めて原告との間で正式の土地売買契約書を作成する意向があったことから、京都市下水道局長米田孝の名義とし、印紙も貼られていないこと。(但し、被告側において、原告に対し、その意向を明確には説明していないこと。)

8  ところが、本件一の土地については、右売買契約書に基づき買収金の支払がなされ、昭和五八年一二月二六日付で原告から被告への所有権移転登記が経由されたが、本件二の土地については、昭和五九年一月中旬ころになって、被告に対し訴外紅屋から訴外森が離婚話の解消により同土地を売却しない意向となったとの情報が入り、被告側では、同年三月ころから担当者が直接に訴外森に数回面接して右土地の売買の交渉を重ねたが、同訴外人の意思は固く、結局、本件二の土地の購入を断られたこと。

9  そこで、被告側では、止むなく、本件二の土地に替わるべき代替地(いわば代替地の代替地)の確保を訴外紅屋に依頼し、前述の原告の希望条件に沿った土地を探した結果、昭和六〇年五月中旬ころになって、本件二の土地に隣接した本件三の土地が売りに出ている情報を得、今回は本件二の土地の轍を踏まないため、早急に売買交渉を図り(本来は土地評価委員会に諮問するところ、不動産鑑定士の鑑定評価で済ませて)、昭和六〇年九月二日、本件三の土地を代金一億三七八〇万円余(但し、建物代金四〇〇万円を含む)で買い入れ、同日所有権移転登記を了したこと。

10  一方、原告は、昭和五九年五月ころ、被告から本件二の土地の取得ができなくなったことを聞かされ、あくまで本件覚書に基づく代替地の提供を求めていたところ、被告から、その後、二件程の候補地を呈示されたが、いずれも希望条件に合わず、昭和六〇年八月ころになって、場所的には了承できる本件三の土地を示されたこと。

しかし、本件三の土地は、本件二の土地より約一五坪程狭い土地であるが、外環状線とバス通りの交差点の角地という好条件の土地であることなどから、その買収に前記のとおり約一億四〇〇〇万円を要し、被告は、本件覚書作成の経過から右買収代金どおりではなく、せめて原告が本件一の買収金の九八〇〇万円余を出せば、その差額の約四〇〇〇万円は被告市において負担する意向を示して原告の了解を得ようとしたが、原告は、本件二の土地の売買代金の六〇四五万円余でなければ本件三の土地の買い受けを了承できないとして譲らず、結局、右交渉は物別れに終わったこと。(なお、原告が私的に不動産鑑定士に依頼した評価鑑定では、昭和六一年一月一七日時点での本件三の土地の評価額が金七六〇七万円であるとの結果が得られている。)

11  かくして、原告は、被告に対し、昭和六〇年一二月二七日被告に到達した内容証明郵便により、同日から三週間以内に本件覚書に基づく本件二の土地の売渡し義務を履行するように催告したが、その履行が得られず、結局、本件一の土地の買収時から二年の昭和六〇年一二月二六日が経過したため、原告は、代替地の購入による前記税務上の優遇措置を受けることができず、その結果、本件一の土地の売却に伴う税金として、昭和六一年五月ころ、不動産譲渡所得税金一三七八万八七〇〇円、府民税金一三七万八八七〇円、市民税金二七五万七七五〇円の合計一七九二万五三二〇円の納税を済ませたこと。

なお、原告が税務署等の担当者に問い合わせたところによれば、被告が本件覚書に従って右二年の期間内に本件二の土地を原告に売り渡していれば、代替地購入による優遇措置によって、前記課税は、不動産譲渡所得税が金七一四万三八〇〇円、府民税が金七一万四三八〇円、市民税が金一四二万八七六〇円の合計金九二八万六九四〇円の納税で済んでいたと聞かされていること。

(但し、原告は、公共用地として売却した土地代金の優遇措置として、代替地を取得しなかった場合の扱いとして、前記九八〇〇万円余の買収金から金三〇〇〇万円を控除した残金に課税されるという措置は受けている。)

12  そこで、原告は、昭和六一年一二月八日、本件覚書に基づく本件二の土地の売買の履行不能を理由に被告に対し本件損害賠償請求の訴訟を提起したが、その後、本件二の土地は、昭和六二年一〇月三一日、訴外森から訴外株式会社三協に売却され、さらに、昭和六三年六月二二日、被告がこれを買収して同年七月八日に所有権移転登記を経由していること。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  本件覚書の効力について

本件覚書の効力につき、原告は、これによって本件二の土地の売買契約が成立したと主張し、一方、被告は、未だ土地売買契約成立には至らず、その締結の準備段階に過ぎない旨主張して争うので、以下、この点について判断する。

前記認定事実によれば、本件覚書は、原、被告間の本件一の土地の買収の前提となった原告への代替地の提供について取り決められたものであり、その作成の日時、場所も本件一の土地の売買契約と同一であって、右土地売買契約と一体としてみるべきものであり、しかも、対象土地、売買代金、売渡時期という重要事項の記載がなされていることからして、優に本件二の土地の売買契約として有効に成立しているものと認められる。

確かに、本件覚書は、被告が主張するとおり、本件一の土地の売買契約書(〈証拠〉)と比較して、標題が覚書とされ、印紙の貼付がないが、これらは形式的な事柄に過ぎず、また、被告側の作成者が被告市の上下水道事業管理者ではなく、下水道局長となっているが、同局長が独断で無権限のまま本件覚書の締結をしたと認めるに足りる証拠はなく、むしろ、前認定の経過に照らすと上下水道事業管理者の決裁のもとに本件覚書の締結行為がなされたものと認められ、将来、被告側において改めて本件二の土地についての売買契約を作成する予定であったとしても、本件覚書は、原告と被告間の右土地の売買契約と認めるのに十分であり、これをもって、土地売買契約の準備段階ないしは契約締結上のものに過ぎないとする被告の主張は失当である。

三  本件覚書に基づく土地売渡し義務の履行の可能性について

本件覚書が土地売買契約として有効に成立していることからして、被告は本件二の土地を訴外森から買い受けて、これを原告に売り渡すべき義務を負っていたというべきところ、前認定のとおり、被告は、当初の目論見に反して、訴外森の翻意に遇い、本件二の土地を本件覚書の期限である昭和六〇年一二月二六日までに原告に売り渡すことができなくなったものであり、遅くとも、この時点で、被告の本件覚書に基づく土地売渡し債務は履行不能になったと認められる。

ところで、本件二の土地は、前認定のとおり、その後、昭和六二年一〇月三一日に訴外株式会社三協に売却され、被告市が昭和六三年六月二二日に買収して所有権移転登記も経由しており、かかる事態から、原告は、被告において、本件二の土地の原告への売渡しが可能になった旨主張する。

しかしながら、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、被告市が本件二の土地を買収したのは、昭和六三年三月ころ高速鉄道事業の一環として東西線醍醐・二条間の地下鉄の開設を決定し、これに伴う醍醐地下駅の出入口用地として買収したもので、したがって、右土地は、被告市公営企業管理者の交通局長が購入して管理しているものであり、地方公営企業法や被告市の条例等の法規上、別の事業目的のために処分することはできないものであることが認められる。

そうすると、本件二の土地は、現在、被告市の所有となってはいるが、社会通念上からして、依然として、原告への売渡しは、履行不能の状態にあるというべきであり、これに反し、被告市の内部調整等により、右履行が可能となったとする原告の主張は失当である。

四  被告市の本件覚書に基づく債務の履行について

被告は、本件覚書に基づく原告への本件二の土地の売渡し義務の履行について、訴外森からの右土地の購入の努力をなし、さらに、右土地の購入が不能となった後も、本件三の土地を確保して原告への代替地の提供の便宜を図ったのに、原告が不当にこれを拒否したもので、これらの事情からして、右履行義務は十分に尽くしたものである旨主張する。

そこで、検討するに、前認定のとおり、被告は本件覚書により原告に対し本件二の土地を代替地として提供することを約束しながら、結局、右土地の購入に失敗したものであり、その経過をみると、被告にとっては本件一の土地の買収が必至の課題であったことから原告からの代替地の要求を止むなく容認せざるを得なかった事情は理解できるものの、その確保を不動産業者に任せて最終的詰めを怠っていたとの非難は免れず、本件全証拠によるも、本件二の土地の取得不能が被告の責めに帰すべからざる事由に基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、被告は、本件二の土地の購入が不能となった後、前認定のとおり、本件三の土地を原告への代替地として確保し、購入代金より約金四〇〇〇万円程低額の代金で原告に提供することを申し入れており、この点は、本件覚書の作成された代替地提供の趣旨に沿った被告側の努力として十分に評価されるが、本件覚書によって、すでに本件二の土地の提供が売買代金も決められて確約されていた以上、右土地に替わる土地の提供を受け入れるか否かは原告の選択に委ねられていたとみる他なく、結局、右努力をもってしても、本件覚書に基づく債務の履行が尽くされたと評価することはできない。

五  本件覚書の債務不履行に基づく原告の損害について

以上から、被告は原告に対し、本件覚書に基づく本件二の土地の売渡し義務の不履行(履行不能)により、損害賠償義務を負うというべきであり、以下、その賠償額について検討する。

1  税務上の損害について

原告は、被告の右債務不履行により、公共用地の買収による税務上の優遇措置を受けられなかったとして、本件一の土地の売却により実際に納付した税金額と、右優遇措置を受けた場合の納税額との差額を損害賠償として請求する。

そこで、検討するに、前認定のとおり、原告は本件一の土地に伴う税務上の優遇措置を受けることを意図して、その期限の二年内に被告から本件二の土地を代替地として取得することを要求し、本件覚書を作成したところ、その履行が得られず、結局、右優遇措置を受けられなかったものであるが、そもそも、右優遇措置は、公共用地の買収後二年以内に代替地を取得し、そのため買収によって得た代金を出捐した公共用地の提供者に対し、税務上の特典を与えることを目的としたものであって、本件の場合、原告は、被告の債務不履行にあったとはいえ、本件一の買収代金九八〇〇万円余を右期限内に代替地取得のために出捐しておらず、しかも、前認定のとおり、本件二の土地の取得が不能となったことを昭和五九年五月ころ被告から聞かされながら右期限内に代替地を取得しなかったもので(原告において、どうしても右優遇措置を受けようとすれば、右買収代金により、取り合えず他の代替地を期限内に取得することによって、右措置の享受ができたものである。)、右優遇措置を受けなかったことによる税負担上の差額を被告の債務不履行による損害賠償として請求することは理由がない。

2  得べかりし利益の損害について

前認定のとおり、原告は、本件覚書に基づき、本件一の土地の買収後二年以内に本件二の土地を代金六〇四五万八四〇〇円で買い入れる契約をしながら、被告側の債務不履行(履行不能)により、その購入ができなくなったものであり、そうすると、これによって失った利益を損害賠償として請求できるものというべきである。

ところで、土地の売買契約において目的土地の引渡が不能となった場合の債務不履行に基づく損害賠償額の算定の基準時については、原則として履行不能時(但し、履行期以前に履行不能となった場合は履行期)とすべきであるが、その後も、売買契約の目的物である土地が騰貴を続けているという特別の事情があり、かつ、履行不能時(ないしは履行期)に売主が右特別の事情を知り、または、知りえた場合には、買主は売主に対し、右土地の騰貴した現在(口頭弁論終結時)の価格を基準として算定した損害額の賠償を請求することができるものと解される。(最高裁判所昭和四七年四月二〇日第一小法廷判決、民集第二六巻第三号五二〇頁参照)

これを本件についてみるに、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件二の土地は、本件一の土地の買収後二年を経過した昭和六〇年一二月二六日時点では金八五二〇万円であったのが、その後、高騰して本件口頭弁論終結前の平成元年九月一日時点では金一億九九〇〇万円となっていることが認められるけれども、右土地の異常な騰貴は、前認定の被告市の東西線醍醐・二条間の地下鉄の開設の影響という特別な事情によるものであり、被告市においても本件覚書による履行期の昭和六〇年一二月二六日時点で右特別の事情を予見し得なかったものと認められる(少なくとも、被告市が右特別事情を予見していたことを認めるに足りる証拠はない。)。

そうすると、本件においては、被告は原告に対し、本件覚書による履行期の昭和六〇年一二月二六日時点の本件二の土地の評価額の金八五二〇万円と本件覚書に基づく売買代金六〇四五万八四〇〇円との差額の金二四七四万一六〇〇円を債務不履行に基づく損害賠償として支払うべきである。

六  過失相殺について

被告は、原告が本件覚書作成当時に本件二の土地の買収が不能となる危険を承知していたこと、あるいは、被告の用意した本件三の土地の買い取りを不当な売買代金に固執して拒絶したことなどを理由に過失相殺の主張をするが、前記認定事実によれば、原告の代替地の要求は、その売買代金の決め方などにおいて、本件一の土地の買収を是が非の課題とする被告市の立場を見たうえの利己的なものと評価し得なくはないが、いやしくも行政の府である被告市において、本件覚書の作成により原告に対し本件二の土地の売渡しを約束した以上、その不履行による損害賠償責任を全うすべきであり、本件三の土地の提供についても、前述のとおり、その努力は十分に評価できるものの、諾否の選択は原告に委ねられていたというべきであって、本件全証拠によるも、原告側に本件覚書に基づく被告の債務の不履行につき過失相殺を基礎づける事由を認めるに足りる証拠はない。

七  結論

以上の次第から、原告の被告に対する、本件覚書に基づく本件二の土地の売渡し債務の履行の可能を前提とした所有権移転登記と税務上の損害賠償を求める主位的請求はいずれも理由がないから棄却することとし、予備的請求のうち、債務不履行に基づく損害賠償金二四七四万一六〇〇円とこれに対する前記土地売渡しの履行の請求後の昭和六一年一月一八日(債務不履行に基づく損害賠償債務は、期限の定めのない債務で、請求時から遅滞に陥るものであるが、本来の土地売渡しの履行を請求している以上、その時点から、これに代わる填補賠償金の支払義務も遅滞となるものと解する。)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤武彦)

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